咳について

臨床医の方へ

長引く咳嗽(慢性咳嗽)に対して、どのような診断をしていますか?慢性気管支炎と診断していませんか? 中枢性鎮咳薬を漫然と処方していませんか?

本邦における慢性咳嗽の原因疾患は、欧米とは随分異なっています。

本邦における慢性咳嗽の原因疾患と主な治療法を表に示します。これらの原因疾患の中で、副鼻腔気管支症候群アトピー咳嗽咳喘息が三大疾患です。

日本咳嗽研究会では、各疾患に関するきびしい診断基準とあまい診断基準を作成しましたが、本ホームページではあまい診断基準だけを掲載してあります。あまい診断基準とは、一般臨床ではこの程度でいいだろうという軽いものです。御参考になれば幸いです。

このページに掲載されている表について

このページには、以下のような日本咳嗽研究会による各種表が掲載されています。これらの表は平成13年6月に作成され、平成14年4月に一部改定された「慢性咳嗽の診断と治療に関する指針」(日本咳嗽研究会、アトピー咳嗽研究会記録)に掲載されたものです。(表番号は指針のものとは一致しておりません。)

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【表1】慢性咳嗽の原因と主な治療法

湿性咳嗽

  1. 副鼻腔気管支症候群(去痰薬、マクロライド)
  2. 後鼻漏(ヒスタミンH1-拮抗薬、ステロイド、抗菌薬の局所投与)*
  3. 慢性気管支炎(禁煙)
  4. 限局性気管支拡張症(抗菌薬、切除)
  5. 気管支喘息による気管支漏(ステロイド)
  6. 非喘息性好酸球性気管支炎(ステロイド)**
  7. 肺癌、とくに肺胞上皮癌(?)
  8. 気管支食道瘻、気管支胆管瘻(瘻孔の閉鎖)

乾性咳嗽

  1. アトピー咳嗽(ヒスタミンH1-拮抗薬、ステロイド)
  2. 咳喘息(気管支拡張薬、ステロイド)
  3. アンギオテンシン変換酵素阻害薬による咳嗽(薬剤の中止)
  4. 胃食道逆流(H2-拮抗薬、プロトンポンプ・インヒビター)
  5. 喉頭アレルギー(ヒスタミンH1-拮抗薬、ステロイド)
  6. 間質性肺炎、肺線維症(?)
  7. 心因性(心療内科的治療)
  8. 気管支結核(抗結核薬)
  9. 肺癌、とくに中心型肺癌(癌に対する治療)
  • *  欧米では、乾性咳嗽の原因とされている。
  • ** 原著では湿性咳嗽であるが、最近、乾性咳嗽の多いことが報告された。
  • ? 咳嗽発現の病態が不明であり、有効な治療法が確立されていない。

【表2】咳喘息のあまい診断基準(下記1〜2の全てを満たす)

  1. 喘鳴や呼吸困難を伴わない咳嗽が8 週間 (3週間) 以上持続聴診上もwheezeやrhonchiを認めない
  2. 気管支拡張薬が有効

参考所見

  • 1)喀痰・末梢血好酸球増多を認めることがある (特に前者は有用)
  • 2)気道過敏性が亢進している

【表3】アトピー咳嗽のあまい診断基準(下記1〜4の全てを満たす)

  1. 喘鳴や呼吸困難を伴わない乾性咳嗽が3週間以上持続
  2. 気管支拡張薬が無効
  3. アトピー素因を示唆する所見(注1)または誘導喀痰中好酸球増加の1つ以上を認める
  4. ヒスタミンH1‐拮抗薬または/およびステロイド薬にて咳嗽発作が消失

注1.アトピー素因を示唆する所見:

  • 1)喘息以外のアレルギー疾患の既往あるいは合併
  • 2)末梢血好酸球増加
  • 3)血清総IgE値の上昇
  • 4)特異的IgE陽性
  • 5)アレルゲン皮内テスト陽性

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【表4】咽頭アレルギーのやさしい診断基準案
(下記1を伴う場合は、3〜6の全てを満たす、1を伴わず2だけの場合は4は不必要)

  1. 喘鳴を伴わない3週間以上持続する咳嗽
  2. 3週間以上持続する咽喉頭異常感(痰のからんだような感じ、掻痒感、イガイガ感、チクチクした感じの咽頭痛など)
  3. アトピー素因を示唆する所見(注1)の1つ以上認める
  4. 鎮咳薬、気管支拡張薬が咳に無効
  5. 明らかな急性喉頭炎、異物、腫瘍の所見がなく、とくに喉頭披裂部に蒼白浮腫状腫脹を認めることがあるが、正常所見のこともある
  6. ヒスタミンH1-拮抗薬または/およびステロイド薬にて症状が消失もしくは著明改善する

注1.アトピー素因を示唆する所見:

  • 1)喘息以外のアレルギー疾患の既往あるいは合併
  • 2)末梢血好酸球増加
  • 3)血清総IgE値の上昇
  • 4)特異的IgE陽性
  • 5)アレルゲン皮内テスト陽性

【表5】副鼻腔気管支症候群のあまい基準(下記1〜4の全てを満たす)

  1. 喘鳴を伴う呼吸困難発作を伴わない咳嗽(しばしば湿性)が8週間以上継続。
  2. (1)後鼻漏,鼻汁および咳払いといった副鼻腔炎に伴う自覚症状、(2)上咽頭や中咽頭における粘液性ないし粘液膿性の分泌物ないcobblestone appearanceの存在といった副鼻腔炎に伴う他覚所見、(3)副鼻腔単純X線写真ないし副鼻腔X線CT検査において液貯留あるいは粘膜肥厚といった副鼻腔炎を示唆する画像所見、(4)慢性副鼻腔炎の既往、の4つの所見のうち1つ以上を認める。
  3. アトピー素因は認めない(アレルギー性鼻炎や結膜炎,アトピー性皮膚炎,花粉症,蕁麻疹などの既往歴や家族歴がない)。
  4. 14員環マクロライド系抗菌薬や去痰薬が有効。

【表6】後鼻漏による咳嗽の診断基準案(きびしい基準とあまい基準は同じ)

  1. 8週間以上持続する、とくに夜間に多い湿性咳嗽で、プロトンポンプ阻害薬や気管支拡張薬が無効である。
  2. 副鼻腔炎による後鼻漏の場合は、副鼻腔X線かCTで陰影を認める。
  3. 副鼻腔炎の場合、数週間のマクロライド系抗菌薬の内服で後鼻漏と咳嗽が軽快もしくは消失する。
  4. 副鼻腔に陰影が見られない場合でも、後鼻漏を訴え、舌圧子にて舌奥を下げて中咽頭を観察したり、前鼻鏡検査、後鼻鏡検査、鼻咽腔ファイバースコープにて後鼻漏の存在が確認でき、副鼻腔炎以外の原因疾患(アレルギー性鼻炎、アレルギー性副鼻腔炎慢性鼻炎、慢性鼻咽頭炎など)が特定でき、原疾患に対する治療(*)で後鼻漏と咳嗽が消失もしくは軽快する。

*アレルギー性鼻炎の場合は抗アレルギー薬、抗ヒスタミン薬、慢性鼻咽頭炎の場合は抗菌薬、粘液溶解薬、消炎酵素薬により治療する。

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【表7】胃食道逆流による慢性咳嗽の診断基準(あまい基準)

1.治療前診断基準

  • (1)慢性咳嗽。
  • (2)胸やけ、呑酸などの胃食道逆流を疑う上部消化器症状。
  • (3)上部消化管内視鏡検査で、食道裂孔ヘルニアまたは逆流性食道炎の所見がある、あるいは、食道透視で、バリウムが中部食道以上に逆流する。

2.治療後診断基準

胃食道逆流に対する治療(PPI、H2-blocker、シサプリドなど)にて咳嗽が軽快すること。咳嗽軽快までには、比較的時間(2週間以上)を要することがあるので、慎重に様子を診ていくこと。

【表8】心因性咳嗽のあまい基準(下記1〜4の全てを満たす)

  1. 犬が吠えるような(barking)、きんきんした(brassy)あるいは霧笛(foghorn)のような、に例えられるような大きな音のする咳嗽が反復性発作性に生じる。
  2. 身体所見、画像所見、検査所見に明らかな異常を認めず、H1-拮抗薬、β2-刺激薬、(マクロライド系)抗菌薬、ステロイド薬、プロトンポンプ阻害薬など、しばしば咳嗽を呈する基礎疾患や病態に対して有効な薬剤がいずれも無効である。
  3. 以下の3つの所見のうち、1つ以上を認める。
    (1) 咳嗽により日常生活や社会生活が障害される一方で、副次的な利益が患者にもたらされる。
    (2) 咳嗽の音が大きい割に重症感が乏しい。
    (3) 咳嗽は睡眠中は消失する。
  4. 治療では、マイナートランキライザーの投与、勇気づけ(reassurance)、行動変容示唆療法#1(behavior modification suggestion therapy)、relaxation techniques#2,精神療法#3(psychotherapy)、言語療法(speech therapy)、 身体的療法(physical therapy)および催眠療法(hypnosis)などが有効。
  • #1:気管支鏡、呼吸訓練(breathing exercise:口呼吸の予防、口呼吸の指導)、bedsheet technique、不愉快な刺激(前腕への電気刺激など)など。
  • #2:biofeedback-assisted relaxation trainingなど。
  • #3:カウンセリング(counseling)、自己催眠(self-hypnosis)、行動のペーシング(activity pacing)、ストレス管理の訓練(stress management exercise)など。

【表9】かぜ症候群後遷延性咳嗽の診断基準(あまい基準)

1.治療前診断基準

かぜ様症状(鼻汁、くしゃみ、鼻閉、発熱、流涙、咽頭痛、嗄声など)のあとから続く持続性咳嗽。

2.治療後診断基準

中枢性鎮咳薬、ヒスタミンH1-受容体拮抗薬、麦門冬湯、吸入および内服ステロイド薬、吸入抗コリン薬などが有効。治療後比較的すみやかに咳嗽が消失(4週間程度を目安と)する。

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